Vol.6
NIKE SPORTSWEARのAIR MAX 95

 



AIR MAX 95については、僕もいまままでたくさんの原稿を書いてきました。
オリジナルが発売された当時、このモデルは僕にとっては最新の陸上シューズ。

ファッションとして捉えていたナイキは、むしろ’70〜80年代製のヴィンテージで、
AIR MAX 95を街でショーツに合わせたい!と思うのは、それから半年くらい後だった気がします。

90年代をリアルに過ごされた人にとっては、社会現象にまでなったシューズと言われて懐かしさを覚えるかもしれませんが、
現在20代でおしゃれを楽しんでいる方々からすれば、何のことやら、という感じですよね。

先日、某ストリートブランドの行列に関する事件沙汰がワイドショーで報道されていましたが、
僕の印象としては手に入れるために全国各地でおきた様々な強奪・暴行・詐欺事件が、
1年間を通して新聞に取り上げられていたなぁ、といった実感です。

両者が決定的に違うのは、インターネットによる情報の速さと遅さの違いでしょうか。
AIR MAX 95がなぜここまでブームになったのかは、情報の上流と下流にいた人たちの認識の時間差だったと
思っています。

ちなみに僕は、下流でした。

ファッションとして捉えるまで約半年のロスがあった時間軸が、そのすべてを証明しています。
つまり、おしゃれに敏感な人は、発売前からその斬新なデザインに大騒ぎ。しかし世の中は今ほどナイキというブランド自体の認知度が低く、
おしゃれな人と繋がっている俳優やタレント、つまりお茶の間が目にする人たちがこぞって履いて話題になり、そ
れを見た多くの人々が「欲しい!」と大騒ぎになったけど、もうどこにも売っていない。

現在は、発売日の情報がネットでわかり、当日の並び状況がツイッターで調べることができ、
オークションサイトで相場がすぐにわかり、海外から通販で何でも手に入れることができます。

でも、当時はそこまでスニーカーのインフラが整備されていませんでした。
だからAIR MAX 95は、一年以上かけてじわじわとブームが広がっていったのです。

ただ、忘れていけないのは、おしゃれな人の間でのファーストインパクトがあまりに強烈だったこと。
それだけこのデザインは新かった、そして日本が新しいものを求めていた、ということです。
2015年、この当時の日本の盛り上がりについて、実際にデザインを担当したセルジオ・ロザーノさんにお話を伺ったところ
「あまりに予想外でびっくりした。1000ドルもの値段がついていると聞き、複雑だったけどうれしかったよ」と
懐かしそうに話されていました。

アメリカ人と日本人とのスニーカーに対する歴史の違い、思い入れの違いが、このブームを生み、のちに独自のカルチャーが育まれていきました。

今回チョイスしたこのカラーは、僕的にはブラックとターコイズの配色にOGカラーの通称「ブラック・ボーダー」をどこか連想させます。
と同時にアッパーがベージュになることで、ぐんと今っぽさ、ファッション性を感じます。スポーツ感が薄まって、洋服とも合わせやすそう。
ベージュや黒のチノパンと合わせて、上品にコーディネイトしてみたいです。



小澤匡行

MASAYUKI OZAWA


1978年生まれ、千葉県出身。雑誌『Boon』でライター業をスタート。現在は編集・ライターとして『MEN’S NON-NO』、『UOMO』(集英社)等のファッション誌やカタログ、広告などで活動。2016年に『東京スニーカー史』(立東舎)を上梓、近著に『SNEAKERS』(スペースシャワーネットワーク)の日本語監修など。

Instagram(https://www.instagram.com/moremix/?hl=ja

 

 

 

 





 

 

 

 

 

 

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